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ep35 もうひとつの変化

Auteur: 根上真気
last update Dernière mise à jour: 2025-05-04 08:41:25

【10】

王子来訪以来、エミルは城外にある人気のない空き地によく足を運ぶようになっていた。

リザレリスを取り巻く状況が変化したことと並行して、エミルの心境も変化していた。もっとも彼の場合は、個人的な感情に起因していた。

「精が出るな。エミル」

そこへディリアスがやってきた。すでに空は夜に染まっていた。

「ディリアス様。お忙しいところ、こんな時間にお呼び立ていたしまして申し訳ございません」

エミルは動作を止めて、ディリアスに体を向けた。綺麗なエミルの白い顔は火照り、汗が滴り落ちている。

「今は私たちだけだ。そんなに堅い言葉使いはしなくていい」

「そうですね、先生。それでは早速ぼくと手合わせ願いませんか?」

エミルは意気込んで構えるが、肩で息をしていた。ディリアスは吐息をつく。

「少し休憩を取りなさい」

「嫌です」生贄の美少年は、熱い青少年の眼差しを向けた。「すぐにやらせてください」

「そん

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